東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)51号 判決 1974年9月25日
原告
三菱電機株式会社
右代表者
進藤貞和
右訴訟代理人弁理士
葛野信一
被告
特許庁長官
斎藤英雄
右指定代理人
戸引正雄
外一名
主文
原告の請求は、棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四十九年一月八日、同庁昭和四五年審判第九、六八四号事件についてした審決は、取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
第二 請求の原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四十一年九月二十一日、名称を「可逆パルス発生装置」(後に名称を「パルス発生装置」と訂正)とする発明につき、特許出願をしたところ、昭和四十五年十月二十日拒絶査定を受けたので、同年十一月十七日審判の請求をし、同年審判第九、六八四号事件として審理され、昭和四十七年二月二日出願公告されたが、株式会社シバソクから特許異議申立があつた結果、昭和四十九年二月四日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年同月二十日原告に送達された。
二 本願発明の要旨
被測定量を位相ずれのある二相パルスに変換するパルス変換器の出力を受け、上記二相パルスの相対的位相関係に対応させて一対の出力端子のいずれか一方に出力パルスを発生するパルス発生装置において、八個のアンド回路を上記一対の出力端子に四個づつそれぞれ一個のオア回路を介して接続するとともに上記二相パルスを一対の波形整形回路で二相矩形パルス波に整形し、更にこの二相矩形パルス波のそれぞれの立上りと立下り時に上記出力パルスが発生するように、上記一対の波形整形回路の出力側と上記八個のアンド回路の入力側とを微分回路、否定回路及び必要に応じオア回路を通して接続したことを特徴とするパルス発生装置。
三 本件審決理由の要点
本願発明の要旨は前項掲記のとおりと認められるところ、本願出願前外国において領布された「Electronic Engice-ering」一九六五年十月号第六四四頁〜六四七頁(以下「引用例」という。)には、「被測定量を位相ずれのある二相パルスに変換するパルス変換器の出力を受け、上記二相パルスの相対的位置関係に対応させて一対の出力端子のいずれか一方に出力パルスを発生するパルス発生装置において、八個のアンド回路を上記一対の出力端子に四個ずつ、それぞれ一個のオア回路を介して接続するとともに、上記二相パルスを一対の波形整形回路で二相矩形パルス波に整形し、更にその二相矩形パルス波のそれぞれの立上りと立下り時に上記出力パルスが発生するように、上記一対の波形整形回路の出力側と上記八個のアンド回路の入力側とを微分回路、フエーズ・スプリッタを通して接続したパルス発生装置」が記載されており、これを本願発明と対比すると、アンド回路入力側と波形整形回路出力側との間に、本願発明では否定回路を接続したに対し、引用例ではフエーズ・スプリッタを接続した点で相違しその他の点では一致する。しかして、否定回路及びフエーズ・スプリッタがともにその入力パルスと逆位相のパルス、すなわち、反転パルスを出力として生ずる機能を有することは、当業者間に周知の事項であり、本願発明において特に否定回路を用いたことによる格別の作用効果は認められないので、それらのいずれを接続するかは当業者が容易に取捨選択できる設計事項の域をでないものである。
本願については、当審において公告決定がされ、昭和四十七年二月二日に出願公告されたが、同年三月二十八日、株式会社シバソクから引用例を証拠として特許異議申立があり、その異議申立書副本は、異議申立理由補充書副本とともに、同年七月十二日、これを審判請求人(出願人・原告)に送達し、期間を指定して、答弁書を提出する機会を与えたが、審判請求人(出願人・原告)は、答弁書を提出しなかつた。前記特許異議申立は、昭和四十八年六月十一日、取り下げられた。しかして、引用例は、原査定において、拒絶理由中に示されなかつたから、これを引用して本願を拒絶することは、特許法第百五十九条第二項にいう「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たり、同法第五十条の規定により、拒絶理由の通知をし、相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならないものと、一応言うことができるかのようであるが、本願については、前記のように、特許異議申立事件において、引用例に基づいて本願発明は拒絶されるべきであるとの主張、立証がされ、その一件書類の副本は審判請求人(出願人・原告)に送達され、前記主張、立証に対して反論すべき答弁書提出の機会並びに特許法第六十四条による補正の機会が与えられたのであるから、実質上は、拒絶の理由の通知に対する意見書提出並びに補正の機会が与えられたことに相当するものであり、前記異議申立が取り下げられたという理由だけで、審判請求人(出願人・原告)が知悉している筈の拒絶理由を改めて通知しなおす必要はない。
以上のとおり、前記相違点は、単なる設計変更にすぎないと認められるので、本願発明は、引用例に基づいて当業者が容易に発明することができる程度のものというべく、特許法第二十九条第二項の規定により特許を受けることができない。
四 本件審決を取り消すべき事由
本件審決は、拒絶理由の通知を欠く違法な手続に基づくものであるから、この点において違法であり、取り消されるべきである。すなわち、本件審決は、審査手続において示された拒絶の理由とは全く異なる引用例をもつて、拒絶の理由とするものであり、特許法第五十九条第二項にいう「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるから、審判手続においては、同法第五十条の規定により、原告に拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならないものであるにかかわらず、本件審決は、この通知をしないままされたものである。もつとも、特許異議の申立があり、かつ、特許異議決定がされた場合には、特許異議の理由と同一拒絶理由は通知することなく、拒絶査定をするのが特許庁の慣行ではあるが、本件においては、株式会社シバソクのした特許異議申立は、審理終結通知以前に取り下げられ、特許異議は初めから存在しなかつたこととなり、特許異議の決定はされなかつたのであるから、特許法第百五十九条第三項の規定によつて準用される同法第六十二条の規定する特許異議申立がなかつた場合の査定に該当し、本願につき拒絶査定をするには、その前に拒絶理由の通知をしなければならない筋合である。したがつて、本件審判手続におて、特許異議申立書の副本を原告に送達して意見書提出の機会及び補正の機会を与えたとの理由だけで(原告が本件特許異議申立書副本を特許異議申立理由補充書副本とともに、本件審決前送達を受け、かつ、期間を定めて、答弁書提出を命ぜられたことは争わない。)、特許法第五十条所定の拒絶理由の通知をすることを省略したのは違法である。
第三 被告の答弁
被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
原告主張の事実中、特許庁における手続の経緯、本件審決理由の要点及び本件審決が査定の理由と異なる理由を、その拒絶の理由としたことは、いずれも認めるが、その余は争う。本件審判手続には、原告主張のような違法の点はない。審判手続においては、本件特許異議申立書副本及び特許異議申立理由補充書副本を原告に送達し、期間を指定して意見書提出の機会を与えたうえ、本件審決をしたことは、原告の自認するとおりであるから、本件審決が査定と異なる拒絶の理由について意見書提出の機会を与えなかつた違法があるとはいいえない。すなわち、
(一) 審判手続において、出願公告がされ、特許異議申立があつたが、その異議申立の理由と証拠では拒絶をするに足りず、ために異議申立は理由なしと決定すべき場合、審判官が別途発見した理由によつてその出願を拒絶すべきものと認定、判断したときは、特許法第五十条の規定により拒絶の理由を通知して、意見書及び必要な場合には補正書を提出する機会を与え、その指定期間の満了後に審決をする。この場合には、異議決定をしたからといつて、拒絶理由の通知を省略することは許されないことは、いうまでもないが、(二)審判手続において、特許異議申立があり、その異議申立を理由ありと決定し、これと同じ理由と証拠によつて、「審判の請求は、成り立たない。」(すなわち、出願は拒絶することを相当として、原査定を維持する。)との審決をする場合は、審決の理由は査定の理由と異なるが、改めて、拒絶理由の通知をすることなく直ちに前記の審決をするのが相当である。
右(一)の場合は、審査及び特許異議申立の諸手続を通じて、その出願について、拒絶をすべき理由及びこれを立証する証拠は出願人に知らされたことがなく、意見書等提出の機会を与えられていないから、拒絶理由の通知をしないで直ちに審決をすることは、拒絶の理由に対抗するための意見陳述及び明細書補正などの機会を奪い、出願人に不利益を強いることになり、はなはだしく不合理であるが、(二)の場合には、出願を拒絶すべき理由が証拠とともに記載されている特許異議申立書の副本が、出願人に送達されているのであるから、出願人は、拒絶の理由及び証拠を知悉した状態にあり、かつ、これに対し答弁書を提出する機会、すなわち、拒絶理由に対して意見を述べる機会並びに必要ならば明細書及び図面を補正する機会を与えられていることになるので、改めて、これと同じ趣旨の拒絶理由の通知をすることは、無駄な手続を重ねることとなり、行政能率及び行政経済の面から考えても、むしろ通知をすべきではないというべきであり、しかも、このような拒絶理由の通知の省略は、出願人に何の不利益も及ぼさないものである。
しかして、特許法第百五十九条第二項にいう「審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」とは、審判官が審判手続において、全く新らしい拒絶の理由を発見した場合であり、拒絶査定の理由とは異なるが、特許異議申立において出願を拒絶すべき理由として挙げられ、かつ、これに対して答弁書提出の機会が与えられた事項を採用して拒絶査定を維持する審決をする場合は、同条項の規定に該当しないとするのが相当である。けだし、特許異議申立に対する答弁書提出の機会を与えた場合と拒絶理由通知に対する意見書提出の機会を与えた場合とで、その取り扱いを異にすべき理由はないからである。もつとも、本件特許異議申立は、原告主張のとおり、審理終結前の昭和四十八年六月十一日に取り下げられ、異議決定はされていないが、このことは、叙上の見解に何らの消長を及ぼすものではない。
第四 証拠関係<略>
理由
(争いのない事実)
一本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いがないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二原告は、本件審決は、拒絶理由の通知を欠く違法な手続に基づくものであるから、違法である旨主張するが、その主張は理由がない。すなわち、
本件審決における本願拒絶の理由となつた引用例は、原査定において示されなかつたものであり、したがつて、本件審決における拒絶の理由は原査定の拒絶の理由と異なるものであることは、本件当事者間に争いがない。
しかして、一般的にいえば、このように、審判官が原査定の理由と異なる拒絶の理由を発見し、これにより出願について拒絶をすべき旨の審決をしようとする場合には、特許出願人に対し新たな拒絶理由を通知し、相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならないとされていることは明らかである(特許法第百五十九条、第五十条)。
しかるところ、本件審判手続においては、本件審決前引用例を示して拒絶理由の通知をせず、また、相当の期間を指定してこの拒絶理由に対する意見書提出の機会を与える手続をとらなかつたことは、被告の認めて争わないところであるから、本件審判手続において、これらの手続をとらなかつたことが違法かどうかについて判断するに、当事者間に争いのない事実によれば、本件審判手続において、特許異議申立に伴い、その特許異議申立書副本及び特許異議申立理由補充書副本が原告に送達され、本件審決は、右申立書に記載されている、本願は拒絶されるべきであるとする理由と同じ理由及び証拠(引用例)により、本願について拒絶するものとしたものであること明らかであるから、本件に関する限り、拒絶理由の通知を省略したことは、実質的に違法とすることはできない。けだし、特許出願人(原告)は、出願を拒絶されるべき理由が証拠とともに記載されている特許異議申立書あるいは、その理由補充書の各副本の送達を受けることにより、拒絶の理由及び証拠を知り、かつ、この拒絶理由及び証拠に対し出願人(原告)の意見を述べる機会が与えられ、かつ、要すれば願書添附の明細書及び図面を補正する機会をも与えられているのであり、その限りにおいて特許法第五十条の手続をとつたのと全く選ぶところはないのであるから、原告がこれらの機会を積極的に利用しなかつたとしても(そのことは、本件弁論の全趣旨に徴し明らかである。)、改めて同じ趣旨の拒絶理由の通知を受けることがなくても、格別の不利益を受けるところはなく、このような場合においても、なお、重ねて同趣旨の拒絶理由を通知しなければならないものとすべき実質的理由はないとみるを相当とするからである。
なお、原告は、本件においては、特許異議申立は取り下げられたのであるから、本件は、特許法第百五十九条第三項の規定によつて準用される同法第六十二条の規定する特許異議申立がなかつた場合の査定に該当し、拒絶理由の通知を出願人たる原告にしなければならないものである旨主張する。しかして、前掲特許異議申立が審理終結通知前取り下げられたことは、被告の認めて争わないところであるが、本件特許異議申立が右取下により法律上初めから存在しないものと扱われるに至つたとしても、さきに特許異議申立書あるいはその理由補充書の各副本が送達され、相当の期間を指定して答弁書提出の機会が与えられたことは、消し難い事実であるから、その限りにおいて、本件特許異議申立の取下があつたかどうかというようなことは、前示判断に、いささかの消長を及ぼしうべきものでなく、原告の右主張は、もとより採用しうべき限りではない。
(むすび)
三叙上のとおりであるから、その主張の点に手続の違法のあることを前提に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、進んでその余について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(三宅正雄 中川哲男 秋吉稔弘)